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ヨーガスートラに学ぶ「純粋な意識」〜感情に振り回されない心を育てる〜 – 名古屋市のヨガスタジオ | YOGA AMA(ヨガアマ)
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ヨーガスートラに学ぶ「純粋な意識」〜感情に振り回されない心を育てる〜


おはようございます。
地下鉄本郷駅前の少人数制ヨガスタジオ「YOGA AMA」です。

日常の中で、ふとした出来事に心を大きく揺さぶられることはありませんか。
誰かの言葉にイライラしたり、先のことを考えて不安になったり…。
その瞬間は
「怒っている自分=私」
「不安な自分=私」
と同一化してしまい、心が乱されてしまいます。

けれども、ヨガの経典 ヨーガスートラ第2章20節 はこう伝えています。
「見る者は純粋な意識である」

つまり、本当の私たちは感情や思考そのものではなく、それらをただ静かに「観ている存在」なのです。
今回は、この教えをわかりやすく日常に活かす方法を探っていきましょう。

ヨーガスートラ第2章20節の教え

サンスクリット原文は Drastr drsya yoho samyogo heya hetuh
ここでは「見る者(プルシャ=純粋意識)」と「見られるもの(出来事・現象)」の関わりについて説かれています。

苦しみの原因は、私たちが「出来事」と「自分自身」を混同してしまうところにあります。
怒りを感じたとき、「私は怒りそのものだ」と思うと心が乱れます。
でも、もし「私は怒りを感じている」と捉え直せば、その瞬間に感情と自分を切り離すことができます。

感情に飲み込まれるのではなく、それを「観る」視点を持つ。
これがヨガの大きな智慧です。

外側の出来事と内側の意識

同じ状況でも、人によって受け止め方は異なります。
雨の日を「憂鬱」と感じる人もいれば、「静かで落ち着く」と感じる人もいます。

出来事自体が苦しみや喜びを決めるのではなく、「どう捉えるか」 が心の状態を左右します。
つまり、私たちの心が整えば、同じ現実でも全く違う景色に見えてくるのです。

「観察者としての自分」に気づくことは、外の出来事に振り回されない心の強さを育てる第一歩です。

レッスンで大切にしていること

当スタジオのレッスンでは、ポーズを「できた・できない」で評価するのではなく、
「今の自分を観察すること」
を大切にしています。

例えば、前屈のポーズ。
「もっと曲げなきゃ」と焦るのではなく、「今日はここまでが心地よい」と気づくこと。
その瞬間こそが「観る者としての自分」に立ち戻る練習なのです。

呼吸法や瞑想も同じです。
自分の内側に流れる感覚をただ眺めることで、心は少しずつ静まっていきます。

今日の実践方法

感情に飲み込まれそうになったとき、こんな練習をしてみてください。

  1. 一呼吸おいて、「私は今、怒っている」と心の中で言葉にする。
  2. 感情を自分から切り離し、「観察している私」として見つめる。
  3. そのまま数回、呼吸を観察してみる。

たった10秒でも構いません。
この「観る視点」を持つだけで、感情の波は驚くほど落ち着いていきます。

日常のヒント

感情は空を流れる雲のようなものです。
どんなに濃い雲でも、やがて形を変えて消えていきます。
大切なのは、「雲に気づく自分がいる」という事実。

不安や怒りに気づけたら、それはすでに一歩手前で立ち止まれている証拠です。
気づけた自分を責めずに、「よく気づけたね」と褒めてあげてください。
それが自己成長のエネルギーになります。

ヨーガスートラ第2章20節「見る者は純粋な意識である」という教えは、感情や思考に振り回されないための大切な智慧です。

外側の出来事は変えられなくても、
「どんな心で受け止めるか」
は自分で選ぶことができます。
「私は感情そのものではなく、それを観る存在だ」
と気づくたびに、心はより軽やかに、自由になっていきます。

今日から少しずつ「観察者としての自分」に立ち戻る習慣を育ててみませんか。

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